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アコラのディワリ 2004
2004.11.17(水)

皆さんの中で、アコラ(Akola)という町の名前を知っている方が、何人ほどいらっしゃるでしょうか。
わたしは、運良くというか、この町の出身である夫と結婚したことで、この名も知られない町との縁を持つことになった。

一年で最も盛大な祭りの一つ、ディワリの時期は、毎年夫の実家を訪れることになっている。

その他にもさまざまな年中行事、法事などの折に触れこの町を訪れる機会は比較的多いものの、田舎ゆえ、嫁、しかも「外国人の」嫁であるわたしが町を自由にほっつき歩くことは不可能で、実はあまりこの町のことをよく知らない。
知っているのは、アナンド・ベーカリー(Anand Bakery)という名の、ド田舎にある割に結構気の利いたベーカリーがあること、駅前のアナン・キ・ターリー(Anand Ki Thali)はおかわり自由のおいしいマハーラシュトリアン家庭料理ターリー(定食)が30ルピーで食べられること、アコラ・タワー、アコラ・スタジアムがあること、あとは典型的なインドの地方小都市よろしく、あまり清潔でない町並みと、道路を牛、馬、ロバ、羊、山羊、時にはサルなどの動物たちが、人間とともに行きかう風景であろう。

さて、今年もディワリの日は、やってきた。
前々からの姑の通告で、4日間のディワリ休暇を挟んだ11月10日から会社を1週間ほど休んでアコラで過ごすことになっていた。
常日頃、義父母の家で休暇を過ごすということは、まだまだ新米の嫁であるわたしにとっては、楽しみというよりもむしろ緊張のほうが大きいのであった。

それでも、日常を離れることができるというのはやはりどこかうれしく、夜行のバスでプネを発って12時間ほどバスに揺られ、翌朝早く、アコラに着いた。
アコラは、まだオートリクシャーよりもサイクルリクシャーが主流で、そんな場所でオートを乗り回していると何となくVIP気分。
しかも、最近プネでは外国人なんて珍しくないので誰にも見向きもされなくなったことに慣れたから、アコラに来てまた、好奇心を遠慮なくむき出しにした公衆の視線にさらされるのも悪くなかった。

義父母の家滞在中の1週間は、ディワリのど真ん中だし、去年ここに住んでいた頃のことを思い出すと、今年もどんなに忙しくなるんだろうと心の準備をしていたものの、わたしたちが到着する以前にメジャーな準備はほぼ終えていたらしく、わたしはほとんどお客さま状態で、ディワリのおいしい特別料理を食べては家族皆と一緒にゴロ寝し、といった風な、インドの中年女性の体格形成プロセスに参加しそうな勢いのライフスタイルを堪能させていただいた。
ディワリ2日目のウテナパックも、本来であれば嫁であるわたしが家族全員に施さなければならないものを、姑に甘えてちゃっかりやってもらうばかりであった。

ただ、通常ガネーシャ祭りのときに行われるという「マハーラクシュミー・プージャ」というお祝い事を、わたしたちが来た機会にと今年はディワリの時に祝ったため、面白い祭事として興味深く観察することができた。

その日の朝、2人の女性の人形の首の部分だけと、それより少し小さなサイズの男の子と女の子1体ずつの人形の首が、祭壇の上に並べられていて「おっ」と思った。
女性たちは、インド女性らしく髪を真ん中わけしたスタイル、男の子は黄色のターバンをしており、一見すると金髪の人にも見えておかしい。
大きな首の女性たちは「マハーラクシュミー女神」、小さな首たちはその子供たちということだった。

それらの首を、午後にやってきた義妹たちと姑が、バザールで買ってきたという鮮やかな「衣装」や銀紙金紙でできた飾り、果物などでみるみるデコレートしていく。
できあがった祭壇はそれは見事で、カメラを持っていかなかったことを心底後悔した。
来年は是非。

この祭りの目的は、家内安全と健康をもたらすマハーラクシュミー女神一家に来てもらい、特別に用意した家庭料理を捧げ、3日間休んでいってもらおうというもので、神様用特別メニューというか、ものすごい量のごちそうを朝から用意して、お昼(本当なぴったり12時に始めなければならないが、実際は料理の準備が非常に忙しく、この日は午後2時半になった)にマハーラクシュミーが「食べ終わる」まで家族の者は断食する。
女神が「食べている」間は、その部屋のドアを閉めて家族は待つという徹底ぶり。
日本人の感覚だと、どこか笑っちゃうが、皆は真剣そのものだ。
本来なら近所に住む人々を招待し合うのが習慣ということで、かつてこの家には少なくとも100人ぐらいの人々が訪れていたというから、少し恐ろしい。

今回わたしのメインの使命であったのは、マラティ会話のより一層の鍛錬。
これは心配しなくても、姑が一手に引き受けてくれ、またわずか8歳の姪っ子も、母音の最初の8文字の書き方を教えてくれたし、義妹とその夫も全面的にマラティを話してくれ、いろいろな知らない単語を勉強することができて収穫だった。

最後に、今年のディワリの時にアコラで食べた祭事用の特別料理のメニューの中でも好物だったものを、記念に書いて締めくくりたいと思う。
プーランポーリ(プールナ・チ・ポーリ)...チャナ豆の餡入りほっぺの落ちるおいしいチャパティ。次々に手が出て止まらなかった。
チャクリ...夫の妹の18番で、今までこれよりおいしいのを食べたことがない。
シャンカルパーリ...姑のシャンカルパーリは去年揚げたてのホクホクを食べて「ドーナツみたい」と思った。絶品。今年は着いた日にはとっくにできあがって缶に入っていたから、揚げたては食べられなかった。
シェウ・バジ...不思議なスナック菓子入りカレー
ワデ...大豆に似てそれよりも少し小さなサイズの豆を一晩水につけたものをすりつぶし、塩やスパイス、水などと混ぜてこね、揚げたもの。

いつになるかは分からないが、いつかは自分で調えなければならなくなるであろうこういった煩雑な祭り事を、今は精一杯楽しませてもらっていることに、義父母や家族たちに心から感謝したい。


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